宗主国が枢軸側であったというレアケース

昨日、TVタックルを観てたら、三橋貴明がこのようなことをいっていた。
「イギリスのインド支配によって、二千万人餓死した。しかし、インド人はそれについてイギリスに文句をいったことはない。なぜなら、自分たちに誇りを持っているから。」
誇りを持っている者は、いかなる理不尽に対しても文句をいってはいけないのかの如くである。
そんな馬鹿な話があろうはずがない。例えば原爆投下について日本は何もいわず黙ってるべきか?そのまま歴史に埋没させるべきか?それが誇り高き者がとる態度なのか?いや、そんなわけはない。
ちなみに上の発言は、韓国の歴史認識・対日謝罪要求に対して発言されたものである。韓国はインドを見習って日本に文句をいうな、というわけである。本来この問題は、事実関係とその了承・承認の話であるはずなのだが(番組ではその後西田昌司がそれを指摘していた)、一体どうやったらこのような、捻じ曲がった「誇り観」に至るものなのか。

植民地主義・帝国主義に対する独立闘争が一通り済んで、ここ数十年はその亡霊とたたかっている、というのが今の世界を取り巻く状況なんだと思うけど、その流れで韓国の事情をあえて斟酌してみる。
インドとの一番大きな違いは、宗主国が敗戦国になった、ということだ。第二次大戦開戦時、枢軸国の主な植民地といえば、朝鮮半島、台湾、リビア、東アフリカぐらいのもので、その中で、植民地支配に対する国家意志としての賠償請求は、東アフリカを除くすべてから上がっている(エチオピアはイタリアから賠償を受けているが、第二次大戦のわずか三年前に併合されたためか、パリ条約による「交戦国に対する賠償」の類であって、意味合いが違う)。対して、枢軸に較べて圧倒的に多いはずの連合国の旧植民地だが、そこからのものは、全く聞いたことがない。民衆のデモレベルではそりゃごっそりあるわけだけど。
つまりは、戦後の国際秩序というのが連合国の手によるものです、というだけの話で、間違っても「誇り」の話ではない。

韓国は、宗主国が枢軸側であったというレアケースを生きねばならず、日本はその相手を務めねばならなかった。「連合国史観」が問題をきわめて複雑にしているのだという認識のもとに両国間の諸問題を考えうる人はどれほどいるのだろう。いや、みな分かってはいるが、空気を読んで言わないだけか。

近縁の話で、歴史認識の可謬性についても、きちんと議論されているとはとてもいえないのだが、そのことについてもいずれ書いてみたい。

Facebook にシェア
[`google_buzz` not found]
[`yahoo` not found]
[`tweetmeme` not found]

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です