『THESE DAYS』所収。
BON JOVI の歴史は、次の4つに区分出来ると思う。
A.) 黎明期…『BON JOVI』、『7800°FAHRENHEIT』
B.) 隆盛期…『SLIPPERY WHEN WET』 、『NEW JERSEY』
C.) 円熟期…『KEEP THE FAITH』~『THESE DAYS』
D.) 復興期…『CRUSH』~『HAVE A NICE DAY』
この中で音楽的に最も特異と思われるのは、円熟期である。他は「ハードロック」(ないし「ハードポップ」)とカテゴライズするのが最も適当だろうが、円熟期だけはそれを拒むのだ。リッチーのギターのアレンジとサウンドメイクにそれが最もよく現れているのだが、もう単純に、「パワーコード率」の低さと「歪み成分の量」の少なさ、これだけでその特異さが充分見て取れる。
円熟期において、いわゆる「パワーコードの壁」で成立している曲は、僅かに『KEEP~』の「If I Was Your Mother」、「Fear」、「I Want You」の3曲のみで、『THESE~』に至っては一曲も無い。思えば隆盛期のギターバッキングの実に6割はパワーコードだったわけで(残りの2割は単音中心のリフ、2割はその他)、復興期の幕開けを高らかに宣言した「It’s My Life」(『CRUSH』)なんかは、リフ自体がパワーコードのためほとんどパワーコードしか弾いてもらえないという、可哀想な楽曲だったりもする。
「歪み成分の量」もそれに伴って減少するが、歪みを数値化できるなら、『NEW JERSEY』の歪み総量10に対し、『THESE~』2~3といったところじゃないか。アンプラグドに片足突っ込んでるといっていい。
故に、「ハード」というカンムリは外さざるを得ない。替わりに「アダルト」が来るのかどうか知らなけど、とにかくポピュラーミュージックとしてその音楽性において、深ぁ~い味わいを獲得するに至ったのである。
この脱「ハード」路線には、もちろんBON JOVI ファンの中でも賛否両論あるのだが、とりわけ思春期の始めに「Livin’ On A Prayer」でハマったパターンの場合、調度『THESE~』のリリース時期に20代を迎え、落ち着いた大人のムードも嗜み始めたころで、BON JOVI の変化を受け入れることで「あ~、俺も成人になったんだ」と自らを納得させたものである。まさにBON JOVI と共に成長していったといっても過言ではない。もっとも、CDを売る側からしてみれば、隆盛期につかんだ顧客層に合わせてBON JOVI という商品をマイナーチェンジしていっただけなわけで、我々はすっかりその戦略に乗せられてしまっているのであった。復興期に結婚し子をなし、「Have A Nice Day」を家庭内ヘヴィローテーションしてしまうようになったらもうダメである。その子がBON JOVI 第2世代として、今後ユニバーサル・ミュージックの売り上げに多大なる貢献を果たすようになるであろうことは、想像に難くない。
『THESE~』自体のアメリカにおけるセールスは芳しいものではなかったらしく、日本ではオリコンのアルバムチャート1位を獲得したものの「BON JOVI 史上最も地味なアルバム」とすら評され、ジョンをしてのちに「あのアルバムは暗かった…」とまで言わしめてしまう始末で、一般にはどうもトホホな印象があるこのアルバムだが、とんでもない話である。『THESE~』こそがBON JOVI の9枚のオリジナル・フルアルバムの中で、最も音楽的完成度が高い作品であることを、ここで訴えたい。BON JOVI なぞガキの聴く音楽で80年代商業主義ロックの残滓ではないかというその主張の半ばは正鵠を射ているが、あながちそんなんばっかりでもないんすよ、と、下手に出つつ反駁を試みるには持って来いの一枚なのだ。逆にメタルファンには聴かせられない。今まで辛うじて彼らとの共同幻想を保ち得ていたが、ここまで来るとさすがにメタルでも何でもないってことをカミングアウトしなければならない以上、それを見事に裏切ることになること請け合いだからある。ミスターHR/HMとでもいうべき伊藤政則が因果によってこのアルバムのライナーを書いているのだが、何とも引き受けづらかったのではないかとすら思える。
さて、この「Lie To Me」だが、どうやらシングルカットされたらしい。ゆったりとしたふくらみのある心地よいバラードなのだが、とにかくバラードが充実している『THESE~』にあっては、「(It’s Hard) Letting You Go」なり「Something To Believe In」の方が明らかに優れていると言えるわけで、なんでそれらを差し置いて、どちらかというと凡作の部類に入るこの曲をシングルカットしてしまったのか、いささか理解に苦しむ所ではある。
ギターソロ手前のストリングスによるブリッジが、何となくビートルズを連想させる。