カテゴリー: 時事

  • バラク・オバマの勝利に思う

    今日は全くもって歴史的な日である。
    黒人が米国大統領なる日が来るとは、確かにいつかはそういうことが起こるんだろうと思ってはいたけれど、あらためて、世の中ってのは、それこそ「change」するものなんだ、という単純な事実に気付かされた。
    オバマという人のカリスマ性は抜きん出ていると思うが、それだけに暗殺なぞされぬかどうか心配である。未だにアメリカという国は、そういったことが起こる可能性を拭い去れずにいるのだ。先進国の中で最も「野蛮」な国民性を持つ国じゃないかとも思うが、それがそのままアメリカの活力となっている。

  • 麻生総理の消費税引き上げ明言

    麻生総理が3年後の消費税引き上げを明言
    したとのこと。ただし、「経済状況を見た上で」というフレーズが冠にあるから、留保の可能性も示唆したものと思われる。

    麻生としては、実はこの内閣は全然選挙管理内閣なんかじゃなくて、紛うことなき本格政権のつもりで組閣したはずだ。盟友の中川昭一を財務大臣と金融担当大臣という、ただでさえ、且つ、今こそ重要な2ポストを兼務させた一事でそのことは知れる。本格政権の責任として、選挙の際の鬼門中の鬼門である消費税引き上げをあえて明言する姿勢は、全く正しい。
    もっとも、いずれにせよ来年9月までには総選挙があるから、何事も選挙を意識した上での行動であるに違いない。この発言も、竹下内閣以来(さらに言えば大平内閣か)連綿と続く消費税問答を経て、いい加減有権者の間にある消費税に対する安直な抵抗感は薄れてきた(僕だってそんな有権者の一人だが)という認識があって、こう発言したところで選挙にマイナスに作用しないだろう、むしろ、「麻生、よく言った」的な支持すら得られるかも、という計算もあるかもしれない。今のところ民主党は消費税論議を避けている風だから、尚更である。

    次期解散は、「消費税解散」になるかもしれない。このご時世、どうやって国の歳出を減らすかは重要な議論だけど、片一方の歳入の増やし方についても関心を持つ人達だって相当数いるはずなわけで、その点これまで歳出の方(つまり、歳出減と歳出項目のバランス見直し)を重点化してきた小沢民主党代表は、歳入論議に一歩遅れをとる形になってしまったことは否めない。そりゃ小沢としては、増税論議を吹っ掛けて死に体になってしまった政権を散々見てきてるから、無理からぬことではあるだろうが。麻生が、有権者の間では増税論議はやや成熟してきた段階にあると見て、そこを突いてくる可能性は、充分にある。

    分からないのは、この内閣が麻生なりの本格政権だとして与謝野馨が経済財政担当相として入閣していることと、やっぱり、消費税引き上げを言うならここしばらくのばら撒き政策は何だったの、ということだ。実は両者は密接に絡んでいて、つまり、麻生は短期的な景気対策だけでは選挙は勝てないことがハナから分かってたから、いずれプライマリーバランス正常化のための政策を打ち出さなければならない、そのためにも与謝野は必要だし、増税も必要だ、ということと結論したいが、如何。

  • 続・モンスターペアレントに捧げる

    妊婦死亡問題 誰も責めない夫の会見に感銘する声

     東京都内で8つの医療機関から救急搬送を断られた妊婦(36)が3日後に脳内出血で死亡したことを受け、……….≪続きを読む≫

    先日、千葉県の小学生が学校でパンを早食いして窒息死、その父親のコメントに感銘を受けた旨書いた
    が、こちらの夫のコメントも、その拠って立つところは同じである。
    詮方ない環境・状況、しかし明らかに人災なのだが、それによって家族が亡き者にされたときの振る舞いについて、その人の覚悟や思惟の深さが現れやすいものなのかもしれない。

  • 橋下府知事のカタルシス

    橋下徹の、教育問題での討論会の様子
    をニュース番組で観た。

    多分橋下府知事は、本当は教育問題そのものより日教組潰しの方にご執心だ。今どきの愛国者は日教組を徹底的にやり込めることにカタルシスを覚えるらしい。それをやればやるほど、彼らの内ではステータスにすらなる風だ。日教組に問題がないわけじゃないんだろうなぁ、ぐらいがせいぜいの僕の認識なのだけど、ああいったやり口は、子供染みた「今どきの愛国者」による「いじめ」にしか映らない。日教組こそがそもそも子供染みてると仮定して、だからこその対応だとしても、繰り返すけど、「今どきの愛国者」が中山成彬のような手段
    を肯定する以上、何らマトモな思想に裏打ちされたやり口とは思えない。少なくとも、これは教育問題であるだけに、子供染みたサマを子供に曝けるのは控えるべきだ。

    控えた方が勝てる。そのことに思い至れないのであれば、保守思想が本来包含する、プラグマティズムや、プラグマティックだからこその漸進主義にもとる。実はヒトラーは国家社会主義という名の左翼だったから失敗したのだ、だから左翼はいかん、と彼らは言う。だから日本の戦前の国家主義者には手を付け辛いのかもしれないのだろう。だけど、彼らのアジテーションを見るに付け聴くに付け、全く持って同じ穴のムジナである。右に伸びた触手と左に伸びた触手があるとして、それらは円を描いて手を結ぶ。「急進的右翼」と「急進的左翼」に関して、今で言えば、例えば中東や中南米のそれを思い浮かべて貰いたい。

    ここで言いたいのは、まずは手法の問題である。たかが手法だが、その手法が中山のようなものだとするなら、一体どの程度の愛国なのよと思わざる得ない。橋下だってそうだ。あんなアジりは自分の子供に見せられない。「今どきの愛国者」の自己満足に過ぎないからだ。僕自身は、平和をベタに愛し、中韓に腰は低く、朝日新聞をよく読み、両親は全共闘世代、つまりは彼らの言う「サヨク」なのだが、そんな僕でも、「僕は保守主義者です」と宣言するべきじゃないかと思っている。「今どきの愛国者」に、何を保守させられようか。

    いきなり芸能話で恐縮だが、橋下とビジネス上の繋がりのある爆笑問題の太田光がどう思ってるのか、ちょっと気になる。次回か次々回あたりの「太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。」でその辺取り上げるかどうか。

  • モンスターペアレントに捧げる

    千葉県の小学校で、級友に煽られてパンの早食いをした子が窒息死した事件が起きた。
    当初、その小学校の校長だったかから早食いは無かったとの説明があり、死亡した児童の父親が憤慨するところをテレビで見たが、その後、学校側からそのような状況があったとの訂正と謝罪があって、その父親は、「学校側はできることはすべてやってくれたと思うし、これ以上追及するつもりはない。真実を知ることができ、心の区切りがついた。誰かに責任があるわけではない
    」と言ったそうだ。

    いわゆるモンスターペアレント問題がクローズアップされている最中、いや、そうでなくとも、寄る辺のない怒りを自分よりほんのちょっと社会的権威が高い組織なり個人なりにしつこく向け続ける習性が我々の中に抜き難く存在する中で、清清しいといっては不遜に過ぎるし、何と表現したものか本当に分からないのだけれど、とにかくその言葉には、涙が出るほど感銘を受けた。
    子が死んだ。殺したのは誰かは、冷静に考えて、特定できない。犯人は、ひたすら「環境」であり「状況」だからだ。「環境」「状況」の中に、それが悪意であると確信できるような悪意はない。そんなとき、とりあえず矛を収めて、何をどうするべきかを沈思しえるかどうか。関係の糸が一人の人間では到底把握し得ないほどに複雑に絡まっていることが「実は」自明の現代において、そうすることが己の矜持を保つ唯一の完全な方法かもしれない。

    やや話は逸れる。僕は復讐権なるものは生得権ではないとの立場だが、仮に、その沈思の結果が過激で暴力的なものだったとしても、関係の糸が絶望的なほど複雑に絡まっている場合、抗い様もないこともある。イスラエル周辺の問題は、まさにそれだ。「環境」や「状況」が「歴史」を盾にとってるから、どこまでも「沈思」は沈む。だから、一人の人間として答える術はなく、彼らは「環境」や「状況」に再帰せざるを得ないのだ。

    「心の区切りがついた」と、この父親は言った。本当はついているはずもない。三人の子の親として、それは断定できる。だけど、敢えてその言葉を発して、自ら憎悪の糸を断ち切ったこの父親に、最大限の敬意を表したい。
    一人の父親として。

  • 庶民感覚

    麻生総理が、「庶民感覚」とはかけ離れたホテルなどのクラブで夜な夜な会合を繰り広げているとパッシングを受けているが、そりゃルサンチマンでしかない。

    このご時世なのに、という気分も分からなくもないが、かといってジョッキ一杯450円の居酒屋で会合してます、なんてのも、それはそれで充分パフォーマンス臭プンプンだろう。
    そりゃ、セレブ中のセレブたる総理総裁としての付き合いもあるだろうし、そういう付き合いを否定してしまっては、廻るものも廻らない局面だってある。セレブ的振る舞いを断つことを仕事に繰り入れるべきとの考えもあろうが、その程度のことに気を遣うよりは、より具体的な政策に気を遣って欲しいもんだ。実際遣ってるからクラブ飲みなんだろうけど。そもそも政治家にそんな下卑たパフォーマンスを期待するべきじゃない。

    飲む場の「質」はともかくとして、「量」が多すぎる、との声もある。いいじゃないか。そういう「グレート・コミュニケーター」なのかもしれないし。余計なお世話だ。

    とにかく、その程度のルサンチマンを振りまくマスコミのあり方が疑問だし、そのマスコミに「これは振りまく価値がある」と思わせてしまっている我々有権者のレベルも低い。政治家と、官僚とか財界とか利権組織とかの癒着は散々言われてきたけれど、マスコミと有権者の癒着ほど意識されていない、或いは意識したくないものはないのだ。政治に対するマスコミの役割を否定するわけでは全く無いが、マスコミだって充分商売なんだってことを、僕らはしっかりと認識する必要がある。

    あなたが営業マンなんだったら良く分かるでしょ。話法だとかツールだとか、言ってみれば顧客に思考させないための要素だ。あなたが、その研鑽に余念がないこと、そういった営業努力によって顧客の思考能力を奪うことに、僕は何の疑念も抱かない。逆にそれに躊躇するような営業マンは、この商売至上/自由経済主義の世において、不正義でさえある。
    で、マスコミの顧客は有権者だ。そこまではいいけど、その結果として、マスコミの顧客たる有権者がバカになってしまうことは、民主主義という数の暴力に支配されている僕にとって、それは非常に迷惑だ。僕やあなたがその辺のガキンチョや若者や主婦やおばちゃんや後期高齢者の思考力を鈍らせて幾らか会社に貢献したとしても、その他大勢には殆ど影響が無い。だが、民主主義が敷衍する我が国の政治は別だ。マスコミによってバカに仕立て上げられた有権者の量だけ、日本は傷を負う。

    顧客が有権者である、ということに関しては、政治家だってそうであることに変わりはない。

    表現として、敢えて過激に書いてしまった。僕も広義の営業マンで、そういった業を背負っている。もちろん日常においては顧客の幸せにいかに僕等が貢献できるかを考えているが、上のような書き方も出来るという事実を厭ってはならないと思うから、そう書いた。青臭いと言えばそうだろう。だけど、ここでは商売至上主義の功罪が問題だ。マスコミは、その性格上、国有であってはならないし、つまりは民として商売の原理をどこまでも引き受けるしかないし、かといって、公としての在り方をあきらめてはならない。もっとも、国は公だが、公の全てが国であるはずは無い。その辺のバランスを取らせるのは、つとに我々の務めだし、そのために我々は、バカであってはならないのである。

    「庶民感覚」という居心地のよい場所に安住することが危険なのだ。例えば旧社会党の失敗の原因はそれだ。彼らは「庶民感覚」に加えて「革新」を標榜していたが、「庶民感覚」とは元来「守旧」的なるものであって、「革新」とは、まず己の日常の姿が変わってしまうことを引き受ける態度をこそ、基盤とせねばなるまい。「庶民感覚」と「革新」は、共存し難いはずなのだ。
    いまは、どう「革新」するかが問われている時代だけど、だからこそ、マスコミによる商売至上主義の産物である「庶民感覚」の引力から離れて、いかに自らを投企するか、そこが僕等に問われている。

  • 自民党の本音と、僕の必死

    衆院解散するのかしないのか。

    前にも書いたけど、10月解散の可能性は結構早い段階で潰えたと思っている。プライドの高い麻生は、第二の宮澤喜一、政権を明け渡した総裁となることに我慢がならないはずで(プライド云々抜きにしても政権維持が至上命題だ)、そうなる可能性が充分に低まったと認識できない限り、解散に持ち込むことはないだろう。下手をすると衆院の任期切れまで解散しないことだってあり得る。
    (…と書いていたら、「NEWS23」で年内の解散総選挙は無いとの報道。リアルタイムです。ウソじゃないよ。テキストエディタで書いてるので、速攻アメーバ開いてタイムスタンプ有効にした。もちろんタイムスタンプはいじっていない。ここまで必死な自分が素敵だ)
    …さて、最近の解散しそうでしない諸々の現象は、言ってみれば陽動である。麻生の選対事務所が地元に出来たらしいが、リッチな麻生だからこその作戦だ。暫くは随分ヒマな事務所となるだろう。一足先に事務所を開いた細田幹事長には、「オレからやると怪しまれるから、オマエ先にやれ」みたいに言ったかもしれない。割と迷惑な話だ。

    小沢はその辺良く分かっているから、ちょっと焦ってる。新テロ特措法のスルーなど、福田の時のやり方が通用しないと知ったからこそだろう。民主党の誰だったかが、「麻生じゃやり辛いんで福田を延命させたかったんだけど」みたいな発言をしたところ、小沢はそれを一喝したそうだが、一番それを痛感してるのは小沢本人だったりする。福田を追い詰めたのは小沢民主党だが、「ちょっとやり過ぎちゃったかぁ」みたいな。

    これまたリアルタイムに「LIVE2008ニュースJAPAN」での報道だが(ウソじゃない)、「NEWS23」でも報道されていたこちら
    のようなことがあって、笹川尭が、要は、政局に影響するからそんなこと言うもんじゃない、という苦言を呈したというのだが、いやいや、自民党の本音が良く出てる。

    (いちいち言い訳するのも難だが、この駄文をアップしたタイミングは「明日」、即ち22日になってしまっていて、日をまたいだからなのか再ログインを求められてしまった。なので、結果としてタイムスタンプをいじってしまったことをお断りしておく。タイムスタンプいじりついでに何で僕がここまで必死かというと、いずれ詳しく書きたいのだが、とにかく、ここ2年ほどの勉強の成果として、今回の政局を出来るだけ正確に予測してみたいからだ。そのために開設したといえば確かに過言だが、勉強の成果の発表の場としての役割をこのブログに仮託していることには違いない。いわば、アマチュア政局ウォッチャーとしての僕のデビュー戦である。暖かく見守っていただければ幸いである)

  • チューター、或いは里親

    「NEWS ZERO」を眺めていたら、新卒社員の離職を食い止めるため、「チューター」だとか「里親」だとかいう制度があると。
    なんだそりゃ、と、さらに観ていたら、新卒社員一人一人にその「チューター」「里親」がそれぞれ付いて、兄貴分だったり家族分だったりを演じて、当該の新卒社員の新卒社員的悩みを同情的に解消するんだとか。

    やっぱり違和感を感じるのは、「同情的な解消」が会社のシステムとして行われているということだ。しかも、「里親」制度の方は、上に対して「里親報告」をするのだそうな。言ってみれば、「とん、とん、とんからりんと、隣組」と、そう変わらないワケである。
    逆に考えると、それらの会社はなかなか良く考えたものだ。思想統制のメカニズムを心得ている。実際この層の離職率が低下して一定の成果が出ているとある以上、企業人としての僕は、何かしらそこから学ばざるを得ないことは確かだ。

    が、やっぱりストンと腑に落ちない。システムとして行われる「同情的な解消」に、彼らの瑞々しい生の足掻きが屈してなるものかと。屈してしまってるんだから仕様がないけど、少なくとも、彼らの自覚として、「あぁ、これは思想統制されてしまってるんだな」ぐらいの意識は欲しい。その意識の上で、「俺は思想統制されてしまったので頑張ります」みたいな、ワケ分かんない発言をしてしまうぐらいが調度いい。

    本音の所在、みたいなことに対して、僕はこだわりたい。
    ゲームだと分かっててやってるのと、それとは知らず参画してますというのとでは、少なくとも状況として、前者の方がそのゲームを「俺やめた」といえる可能性がある分、まだマシだと思う。後者はそれをゲームだとすら思ってないから。
    いや、さすがにそんなことないだろ、連中は分かってて乗せられてるよ、だから俺も付き合ってんだよ、ってのは、余りにお人良しだし、それはそれで充分「思想統制」の共犯だ。我々「アラ35」、即ち団塊ジュニアは、それなりに親世代の戦後民主主義なるものを通じて、曰く「国家の欺瞞」みたいなものを絶対悪的にしろ必要悪的にしろ意識に留め措いて来た(と僕は勝手に思ってる)が、彼ら「新卒」どもは、その意識とはぜんっっ全、無縁なのだ。

    ちょっと話が逸れた。
    本音の所在、ということだけど、どうであれ、この「チューター」「里親」ゲームは、これはゲームなんだと気付かれた時点で、その生産性とか存在意義を失う。ゲームは自己を相対化して初めて参加できるものだが、彼ら新卒社員が求めているのは、絶対的救い、つまりは本音の部分に関与されることなはずだからだ。少なくとも当事者である彼らの立場で言えば、本音なるものは企業の制度の内側には所在しない。もっと平たく言うと、ちょっと恥ずかしいのだけれど、「本音」は「人生」の属性だ、ということだ。だから、企業が制度として新卒社員の本音にアクセスしようというのは、お門違いだし、大きなお世話だ。
    もっとも、人生なんてゲームだよ、企業人たるものプレイヤーを演じ切らにゃいかん、と、ややニヒリスティックに現実というものを悟らせるための制度なんだったら、ナシでは無い。むしろ、目的としては然るべきだ。ただ、方法としては、余りに回りくどいし、企業が追求すべき効率化の原則に反していることは明らかだ。

    最近僕の中で「涵養」という安倍元総理的タームが色々と使いやすいのだが、こういった制度を敷く企業の考える「涵養」の程度の低さと、それに乗せられてしまうような新卒者しか輩出し得ない日本国の教育事情のそれとに、柄にも無く憂国してしまう今日この頃である。

  • 政局予測(仮)

    「週間文春」に、次期衆院選の各党の獲得議席予測が載っていて、民主党が過半数を占め、自民党は百十数議席に留まるとあった。
    今やその可能性は殆ど潰えたが、仮に今月解散来月総選挙となったとしても、ちょっと有り得ないんじゃないかと思う。

    で、万が一そういうケースになった場合の予測だが、とりあえず、民主、自民共に二百そこそこで拮抗、公明と、必要ならあとちょいちょいを巻き込んだ自民が、第二次麻生内閣を形成、そして、大方の予測に反して与党をキープ出来たわけだから、党内基盤は強固になり(細田幹事長の勝敗ラインどおり)、無難な運営を保ち続け得れば、少なくとも安倍・福田両元総理の在任日数を超えられるだろう。

    民主党は随分いい所まで迫ってると思うし、予算委員会にクローザーとして長妻昭に登板させたのも面白い。が、こんなにまでなってしまった自民党は、それでも、身体性というか生存本能というか、そういう部分に基づく何かしらに関して、まだまだ民主党のそれを凌駕している。
    そのことを最も理解しているのは、他でもない、小沢民主党代表だ。

    民主党対自民党の構図ではない。民主党と、自民党麻生シンパ、(古賀誠に代表される)自民党反麻生シンパ、三つ巴の駆け引きだ。麻生には、小泉の「郵政解散」と同じ手法を選択する手もある。要は、それと、公明党の重さを天秤にかけて、その上で決断すれば良い。

  • 麻生総理の官僚心得

    麻生総理が、官僚に対して四項目からなる心得を示したそうだ。
    曰く、「悪い情報ほどすぐ上げよ」、「省益を捨て国益に徹せよ」、「スピーディーを旨とせよ」、「これは自分の仕事ではないと決して言ってはいけない。むしろ自分の仕事を探せ」。

    己の仕事を振り返ると何とも身につまされる思いだが、変な話、それだけに内容は充分素晴らしい。また、官僚を束ねる立場として就任早々こういったものを示すこと自体、誠に結構なことだと思う。そりゃ民間企業ではよくやる手法だろうけど、そういう民間の感覚をある程度分かってるからこそ出来ることだ(最も、ずっと昔彼が麻生セメントの社長だった頃は、先代の親父をハラハラさせてしまう程度の経営っぷりだったそうだが)。
    使われる側から見れば、話上手もあいまって、頼り甲斐のある、使われてみたい上司と映るだろう。僕も見習わなければ、とは思った。

    四項目のうち三つまでは、以前佐々淳行の本で読んだけど、佐々の上司だった後藤田正晴が部下に示した、いわゆる「後藤田五訓」にある。
    曰く、「出身がどの省庁であれ、省益を忘れ、国益を想え」、「悪い本当の事実を報告せよ」、「勇気を以って意見具申せよ」、「自分の仕事でないと言うなかれ」、「決定が下ったら従い、命令は実行せよ」。

    唯一のオリジナルは「スピーディーを旨とせよ」だが、それこそ(麻生氏お得意の)ネット社会なんかを抱える現代において、確かに重要なことではあるけど、他はある程度の格調高さを保っているのに比して、いきなり身も蓋もない横文字が出てくるものだから拍子抜けする。
    そこに時代の変化を感じ取るか、麻生と後藤田の品性とか教養の差を読み取るかは、自由だが。

    なんか褒めてるんだか貶してるんだか良く分からない書き方になってしまったが、総理としての資質とかそういうことはまだよく分からないから措いとくとして、普通にこんな上司いいなと思う。麻生氏は。