投稿者: enjoybeerlife

  • 「ハートカクテル」考 ~ vol.019 Running

    これまた淡白なカップルである。

    「やがてあなたは新しい女(ひと)と知り合うのネ」「新しい恋人出来たら知らせて」
    「本当に行ってしまうのかい」

    などと遣り取りしてはいるが、あんたらに遠恋という選択肢はないのか、と、単身赴任歴5年の小生は思ってしまう。余計なお世話というヤツだが。

    小生は、数年前より健康とダイエットのためにランニング、というよりはジョギングを趣味としており、ついにこの秋より市民マラソンにデビューすることと相成った。
    想うのは、ジョギングが趣味です、なんていうのは、やはり加齢の仕業に違いない、ということだ。年齢相応にストレスみたいなものを抱え、余計な脂肪も抱え、それらから解放する手段としてジョギングほど効率が良いものは無いのであるが、若い頃はその辺の計算を出来ない、というよりは、そんな計算などしたくないので、どうしても忌諱してしまう。その忌諱が解けて、アンチエイジングの効率でもって、やっぱジョギングだよな、と思うに至ったならば、それは加齢が若さ故のこだわりを追い越したということだろう。

    信号待ちで手首足首をブラブラさせて、いかにも「信号待ちのジョガーです」みたいなサマをさらすことに抵抗が無くなったら、それがアラフォージョガーの証である。

  • 「ハートカクテル」考 ~ vol.018 父のエンブレム

    本作にはいくつかの「プチブル」レジャーが登場するが、おそらくそれらのほとんどは、作者のわたせ氏が実際に趣味としているに違いなく、だからこそのウンチクだったり専門用語だったりに溢れている。
    このヨットというヤツも、おそらくそのうちの一つなんだろうが、生憎今のところ小生には無縁であるから、さほど当回には感慨が湧かない。次回のランニングで多少語りたい。

  • 「ハートカクテル」考 ~ vol.017 スプリング・ジェントル・レイン

    「カリンカリンのフライドポテト&冷えたビールを飲」ることが、ささやかながらもどんなに贅沢なのか、わたせせいぞう氏はよく知っているに違いない。
    最近の傾向では、フライドポテトは中がモッチリが良いといわれているようだが、何をか言わんや、である。アブラで揚げ上げた、まるでひねり揚げみたいな食感のヤツこそ最高なのだ。ファストフードで買ったなら、容器の底にたまってるようなのが良い。

    ヒロインは、わたせせいぞう氏が描く「いい女」の中でも、とりわけ「いい女」度が高いであろう風であるが、がっちりキメた前髪は、今に至るまでスナックのチーママの定番である。

    下に、アストラッド・ジルベルトの「Gentle Rain」を貼っておく。不安定なピッチがなぜかエロい、というのは、彼女が嚆矢じゃないか。

  • 「ハートカクテル」考 ~ vol.016 彼のパパは東へ行けといった

    さほど間をおかず、再び「寡婦モノ」である。いや、「寡婦モノ」という括りもどうかとは思うが。

    悲しくもあるが、むしろすがすがしい印象を残す一作。最後のページの、スッと右に伸びた義父の腕に、大人の厳しさと愛情が凝縮されているように思う。

  • 「ハートカクテル」考 ~ vol.015 さよならホワイトレディ

    この稿を書くに当たって当回を読み返して、やっとオチの意味が分かった小生である。「ホワイトチョコレット」を上空から見下ろした雪の街に見立てた、というわけ。
    つくづく己の察しの悪さに呆れてしまう。

    「ハートカクテル」に登場する男女は、止むを得ず別れて暮らさねばならない事情が生じた場合、何故か遠距離恋愛という選択をすることはなく、淡白にも、その恋にピリオドを打つケースがほとんどである。わたせせいぞう氏は、のちに「八重と次郎」という、京都と仙台(及び札幌)に別れて暮らす男女の愛を綴った作品を発表するが、その割には、だ。
    当回は、そんな淡白な男女を描いた、シリーズ最初の回となる。

    「ボクの心の中の7人の小人達」なる妖しげなフレーズが飛び出すが、このフレーズを実際に用いた男が、小生の知り合いに、一人いる。

  • 「ハートカクテル」考 ~ vol.014 彼女のこと – タバコ

    へぇ、カルティエからタバコ出してたんだ。

    タバコに対するイメージ自体が随分変わってしまったワケで、勝手なものだが、もはやタバコ吸う女性に対しては、「息、タバコくさいんだろうな」とか、「老けるの早そう」とか、とにかくネガティヴな想像しか浮かばない。つまりは、その女性の女性としての魅力を著しく減じる要素でしかない。が、確かに昔は、例えば桃井かおりみたいな、いわゆるアンニュイなお姉様を演出するための必需品みたいなモノだったろうし、吸い口についたルージュなんてのも、艶かしく思われていた。まぁ要するに、「女性が吸うタバコ」に、何か性的なイメージを喚起させられたのだ。2ページ目の最初の、店のカウンターで喫煙する女性なぞ、まさにそのような意味での「女性性を強調するツールとしてのタバコ」を吸っている風である。そう考えると、この数十年ですっかり評価が真逆になったという好例かもしれない、女のタバコというやつは。

    主人公の「カノジョ」の方は、「かわいい刺繍のついた布の袋に」タバコとライターを入れているところを見ると、上記の女性に比べて、タバコを通じて性的なイメージを振りまくことはないらしい(ただ、1ページ目の最後のコマに「カノジョ」の喫煙の様子が描かれているが、この吸う時の首の角度やタバコの持ち方は艶っぽくてよろしい)。要は、普通にイイ子なのだが、ニコチン中毒なのである。

    この主人公、そんなカノジョを慮って、なんとか禁煙させようと説得を試みる。感心したのは、

    「体によくないよ」
    「以前より本数減らしているのよ」
    「確かに本数減ってるようだけど」「肌にもきっとよくないよ」

    と、説得の順序からして、女性の場合、「体によくない」ことより「肌によくない」ことの方が決定的であることを知悉しているらしいことである。その様子は伏目がちで、気弱な風でさえあるのだが、意外としたたかなヤツなのかも知れない。

    それにしても、「カノジョに愛を告げる」際に「ハートに流れるブラームス」って、一体どんなのなんだろう。

    以上、タバコを止めたい団塊ジュニアのたわごとであった。

  • 「ハートカクテル」考 ~ vol.013 北へ251キロ

    シリーズ通して見ても、群を抜くシリアスさである。

    長野の冬の山奥の旅情で溜めていた情感が、ラストの男の行為で、カタルシスとなって一気に噴き出す流れは、圧巻とさえ言える。
    最後の男の哀悼の表情、得も言われぬ悲しみが伝わって来る。そこはぜひ漫画のほうで確認していただきたい。アニメではうまく表現できていない。

    ちょうど前回と対照的に、当回は彼女のほうが亡くなっていることから、二部作ということだろうか。

  • 「ハートカクテル」考 ~ vol.012 兄のジッポ

    涙なしには語れない、初期の名作だと思う。個人的には。
    というか、ヒロインの麗子さんがタイプである。

    何がいいかというと、まずワンレンである。当回は1984年の正月だが、いわゆる「ワンレン・ボディコン」みたいに称されて世間的に認知されるのは、5年ほど後だから、この麗子嬢、大分時代の先を行っているかもしれない。当時の有名人で言えば、小生的には、この年のヒットソング、「雨音はショパンの調べ」の小林麻美あたりが思い浮かぶ。ややパーマ掛かってたものの、「ワンレンのお姉さま」の先駆け的存在と言えるだろう。ちなみに、原曲の、ガゼボ「I Like Chopin」もいいから、下に勝手に貼っておく。
    次に、体のラインが滑らかに浮かぶ茶色(恐らくフェルト地)のコートだ。いい女はこれが似合わねばなるまい。その点昨今の若いのは…、などと宣うのは、ここでは止めておく。
    そして、何と言っても、若い寡婦である、という点だ。下世話でホント申し訳ないが、男はこれには弱い、はずだ。
    こりゃさすがに主人公じゃなくとも、「母さん オレ麗子さんと結婚しようかナ」と、思わず言ってしまいたくなる。まぁ、その時の母さんのショックというか戸惑いといったらないと思うが。昔の農村なんかだと、寡婦は兄弟が引き受ける、というのが当たり前だったらしいけど、そんな時代でもあるまい。

    主人公はタケシというらしいが、この名は、前回に引き続き、である。のちにも何度か登場して、恐らく「ハートカクテル」の中で最も良く出てくる男性名だと思うが、カウントするのは止めておく。

    この田舎の舞台に、80年代的華やぎは、ない。兄貴なぞ、当時の田舎のヤンキー上がりのような体でさえある。最初のコマなんか、北海道の寒村の駅そのまんまで、こりゃまるで「北の国から」じゃないか。その意味での「ハートカクテル」らしからなさ、みたいなのは、vol.6と同様だが、だからこそ、恐らく遠く都会から来たであろう麗子の存在が浮き立つ。
    思うのだけれど、まだこの時期の「ハートカクテル」制作サイドとしては、のちに確立される本作のイメージみたいなものを、はっきり自覚していなかったんじゃないか。画風、色味なんかも、vol.50あたりから急に鮮やかになるのだが、そのあたりから、コレで行こう、といえるものが、固まったのだと想像する。制作陣の試行錯誤が垣間見えるのが興味深い。

    ラストの、結局手を握ってしまうくだり、タケシの心の動きが良く伝わってくる。「そ、そうスか」と言うしかないシチュエーション。これって、男ならだれでも似たような経験があると思うが、つくづく本作って、男のファンタジーだよなぁ、と思うのである。

  • 「ハートカクテル」考 ~ vol.011 ノックをしなかったサンタクロース

    2回目のジェシィの店から始まる当回、まさに大人のファンタジーに溢れている。
    クリスマスの夜、彼女が出て行った部屋を、「二度と寄ることのない銀河鉄道999が発車してしまったプラットホームのよう」と喩えるなど、実にウマいし、「プラットホームの温度は7℃だった」の伏線からオチへの流れも効いている。目覚めたらキッチンで彼女が料理を作っていてくれた、というのは、時代を問わず、幸せの一つの原形だろうと思う。

    「夢のウサギ」は、この後たびたび登場する。夢だけに、なかなかシュールなキャラである。

    ところで、ジェシィが主人公の帰り際に、「タケシ よかったら又来ないか 明け方までやってるよ」と誘うのだが、なかなか珍しい誘いじゃないか。それで実際にUターンすることがあるのかどうか、妙に気になった。

  • 「ハートカクテル」考 ~ vol.010 1/3の確率

    男の申し出る「賭け」が随分と回りくどくて、さすがに共感しづらいのだが、そこはさすがに80年代である、というべきか。
    ではあるが、クリスマスシーズンのデパートの雰囲気とか喧騒とかがよく伝わってきて、少々胸キュンである。ちなみに、YMOの「君に、胸キュン。」が発表されたのは、他でもない、この83年である。
    クリスマスということで言えば、山下達郎の、かの「クリスマス・イブ」がシングルカットされたのもこの年。が、当節はさほど売れず、今に至る知名度を獲得したのは88年のJR東海とのCMタイアップからとなる。

    3人目の「みさ子」は、中井美沙子嬢である。なかなかいいオンナではないか。以後、けい子とみさ子の出場回数レースは、みさ子の優勢が続く。
    当時から活躍している「みさ子」といえば、田中美佐子をおいて他にいないだろう。「ハートカクテル」を体現する女優といえば、鈴木保奈美を挙げる諸氏が多いと聞くが、だからというわけではではないが、田中美佐子も確かに「ハートカクテル」的なるものを秘めていると思う。この辺の話は、いずれ掘り下げてみたい。

    デパートのエスカレーター、というモチーフは、21世紀の「ハートカクテル」、ともいうべき「ハナドキロード」の第7話に、再び登場する。

    けい子…2
    みさ子…3