投稿者: enjoybeerlife

  • 体内時計

    今朝の話である。
    夢、というか、まどろみの中で、「ブーン、ブーン」と、携帯電話の厭のバイブ音が鳴った(僕はこの音が苦手だ)。
    徐々に覚醒していくと共に、「昨晩マナーモード解除し忘れたか」(いつも目覚まし用に携帯アラームを使っている)、「けど今日は休みだよな」、「もしかして隣の部屋か」などと考えた、というか、夢想したが、いざきちんと起きて携帯を確認してみると、何事もなかったかのように大人しくしている。もちろん、となりの部屋の携帯のバイブ音が聞こえるなどということは、ちょっと考えづらい。

    携帯を開いて時間を確認すると、6時ピッタリだった。
    これは僕の体内時計が無意識に作用した結果現れた幻聴だったのか。シンクロニシティ、といえば違うんだろうけど、不思議な体験だ。

    数年前に別のアパートに済んでいた時は、目覚ましとしてオーディオコンポのアラーム機能を使っていた。時間になったら爆音で音楽が鳴り出すのである。僕は寝起きが悪いので、爆音そのもの衝撃と、即座かつ機敏に電源を消すという運動によって(さもなくば近所迷惑も甚だしい。いや、確かに一瞬でも爆音が鳴ること自体大いに迷惑なのだが)、自らの覚醒を確実ならしめようとしたのだ。
    しばらく続けたところ、体内時計がセットされたのか、時間のほんの一分ほど前に勝手に目覚めるようになってしまった。「唐突」な爆音の衝撃が「予定」されている、ということは、精神衛生上余り良くないのかもしれないけど、寝坊防止に大いに役立ったことは確かである。

  • 橋下府知事のカタルシス

    橋下徹の、教育問題での討論会の様子
    をニュース番組で観た。

    多分橋下府知事は、本当は教育問題そのものより日教組潰しの方にご執心だ。今どきの愛国者は日教組を徹底的にやり込めることにカタルシスを覚えるらしい。それをやればやるほど、彼らの内ではステータスにすらなる風だ。日教組に問題がないわけじゃないんだろうなぁ、ぐらいがせいぜいの僕の認識なのだけど、ああいったやり口は、子供染みた「今どきの愛国者」による「いじめ」にしか映らない。日教組こそがそもそも子供染みてると仮定して、だからこその対応だとしても、繰り返すけど、「今どきの愛国者」が中山成彬のような手段
    を肯定する以上、何らマトモな思想に裏打ちされたやり口とは思えない。少なくとも、これは教育問題であるだけに、子供染みたサマを子供に曝けるのは控えるべきだ。

    控えた方が勝てる。そのことに思い至れないのであれば、保守思想が本来包含する、プラグマティズムや、プラグマティックだからこその漸進主義にもとる。実はヒトラーは国家社会主義という名の左翼だったから失敗したのだ、だから左翼はいかん、と彼らは言う。だから日本の戦前の国家主義者には手を付け辛いのかもしれないのだろう。だけど、彼らのアジテーションを見るに付け聴くに付け、全く持って同じ穴のムジナである。右に伸びた触手と左に伸びた触手があるとして、それらは円を描いて手を結ぶ。「急進的右翼」と「急進的左翼」に関して、今で言えば、例えば中東や中南米のそれを思い浮かべて貰いたい。

    ここで言いたいのは、まずは手法の問題である。たかが手法だが、その手法が中山のようなものだとするなら、一体どの程度の愛国なのよと思わざる得ない。橋下だってそうだ。あんなアジりは自分の子供に見せられない。「今どきの愛国者」の自己満足に過ぎないからだ。僕自身は、平和をベタに愛し、中韓に腰は低く、朝日新聞をよく読み、両親は全共闘世代、つまりは彼らの言う「サヨク」なのだが、そんな僕でも、「僕は保守主義者です」と宣言するべきじゃないかと思っている。「今どきの愛国者」に、何を保守させられようか。

    いきなり芸能話で恐縮だが、橋下とビジネス上の繋がりのある爆笑問題の太田光がどう思ってるのか、ちょっと気になる。次回か次々回あたりの「太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。」でその辺取り上げるかどうか。

  • タモリ、そして、「ブラ」と「チャレンジ」の狭間

    NHKで、久々にタモリの番組を組むらしい。その名も「ブラタモリ
    」。

    「エチカの鏡~ココロにキクTV~」に続き、新たなタモリのチャレンジが観られるのは、一ファンとして嬉しいことだ。ま、タモリのことだから、「チャレンジ」などという意味合いはないんだろうけど。
    巷間にはタモリという人はそういう人だと伝わるが、反面、彼と仕事で関わる人を中心に、「タモリはサラリーマンの心を持っている。『笑っていいとも!』を毎日毎日こなせるのは、その心があるからに違いない」説もあって、そうだとしたら、意外とこれは仕事人としての「チャレンジ」である可能性はある。あるのだが、それを隠して「チャレンジ」と見せないのではなくて(ビートたけしは「チャレンジ」を照れ隠してしまうキャラを演じている)、ちょっと上手く言えないけど、無心でもってそれをやってるんだろうから、結果として、それは何の覚悟もない「チャレンジ」なんだろう。それが果たして「チャレンジ」かというと、やっぱり「チャレンジ」ではない、という気がする。いや、けど、僕もNHKにほんのちょっとだけ出演したことがあるけど(しかもローカルだ)、せいぜいウン十秒のシーンに厭になるほど結構な打ち合わせを重ねた。「NHKでは珍しく、セリフを決めずに全編アドリブで収録する試みに挑んだ」とあるが、それは主体としてはNHKの「挑み」=「チャレンジ」だけど、あのNHKにそんな「挑み」をさせてしまうことに対する「気負い」、即ち「チャレンジ」は、タモリの側にはないんだろうか。属性が「サラリーマン」なら、確実にそれはある。あらざるを得ない。
    どうでもいいことをだらだらと書き連ねてしまった。普通に考えると、タモリが覚悟を伴った「チャレンジ」などする筈がない、という結論になることは重々理解している。だけど、この人は本当は一体どう考えているんだろう、と、あれこれ考えさせてしまうところに、タモリという存在の凄みがある。

    番組名に心が躍る。
    この、「ブラ」と「チャレンジ」の狭間で、一体どう振舞ってくれるのか。放送日には、出来るだけいい酒を用意しておくことにしよう。

  • モンスターペアレントに捧げる

    千葉県の小学校で、級友に煽られてパンの早食いをした子が窒息死した事件が起きた。
    当初、その小学校の校長だったかから早食いは無かったとの説明があり、死亡した児童の父親が憤慨するところをテレビで見たが、その後、学校側からそのような状況があったとの訂正と謝罪があって、その父親は、「学校側はできることはすべてやってくれたと思うし、これ以上追及するつもりはない。真実を知ることができ、心の区切りがついた。誰かに責任があるわけではない
    」と言ったそうだ。

    いわゆるモンスターペアレント問題がクローズアップされている最中、いや、そうでなくとも、寄る辺のない怒りを自分よりほんのちょっと社会的権威が高い組織なり個人なりにしつこく向け続ける習性が我々の中に抜き難く存在する中で、清清しいといっては不遜に過ぎるし、何と表現したものか本当に分からないのだけれど、とにかくその言葉には、涙が出るほど感銘を受けた。
    子が死んだ。殺したのは誰かは、冷静に考えて、特定できない。犯人は、ひたすら「環境」であり「状況」だからだ。「環境」「状況」の中に、それが悪意であると確信できるような悪意はない。そんなとき、とりあえず矛を収めて、何をどうするべきかを沈思しえるかどうか。関係の糸が一人の人間では到底把握し得ないほどに複雑に絡まっていることが「実は」自明の現代において、そうすることが己の矜持を保つ唯一の完全な方法かもしれない。

    やや話は逸れる。僕は復讐権なるものは生得権ではないとの立場だが、仮に、その沈思の結果が過激で暴力的なものだったとしても、関係の糸が絶望的なほど複雑に絡まっている場合、抗い様もないこともある。イスラエル周辺の問題は、まさにそれだ。「環境」や「状況」が「歴史」を盾にとってるから、どこまでも「沈思」は沈む。だから、一人の人間として答える術はなく、彼らは「環境」や「状況」に再帰せざるを得ないのだ。

    「心の区切りがついた」と、この父親は言った。本当はついているはずもない。三人の子の親として、それは断定できる。だけど、敢えてその言葉を発して、自ら憎悪の糸を断ち切ったこの父親に、最大限の敬意を表したい。
    一人の父親として。

  • 『自民党 政権党の38年』 北岡伸一著

    自民党―政権党の38年 (中公文庫 き 34-1)/北岡 伸一
    ¥980
    Amazon.co.jp

    今まで大下英治の一連の政治家列伝にお世話になってきた。列伝だけあって、現象は登場人物たちの意思と行為の結果として捕らえられがちなのだが、そろそろ別のアプローチの現代日本政治史本を読みたいと思い、この本を買った。
    細川政権が誕生して五五年体制が一旦途切れるまでの自民党史を、日本における政党の誕生から説き起こしており、学者が書いただけに、人物のパーソナリティよりは構造を解き明かすことを主たる意図としている。
    ただ、章を追うごとにその意図がどんどんぼやけてきて、しまいには大下英治と何ら変わらないノリになってしまったのが残念。
    巻末の付録に、「戦後衆議院議席」、「自民党四役・閣僚一覧」、「自民党派閥の系譜と消長」といった資料があり、僕なんかは眺めてるだけでも心が躍る。これだけでも買った価値はあった。

    ~覚えておくこと~
    ・選挙法の改定のたびに有権者が増え、それに伴い藩閥による選挙干渉が効果を挙げていった。何故なら、高額納税者ほど「裕福で、意識が高く、簡単に誘惑や脅しに屈しなかったから」。
    ・戦前、陸軍機密費が政治家に資金供給されていた。「これでは、政党は軍には到底太刀打ちできなかったであろう」。
    ・1947年の衆院選で片山哲の社会党が第一党となった。自由党と民主党で二位三位連立を組むこともできたが、吉田茂は憲政の常道に反するとしてこれを退けた。「戦前の政党が無原則な権力追及を行って、政党政治の基礎を掘り崩してしまったことを、吉田はよく知っていた」。
    ・1951年ごろの保守勢力は三者。自由党吉田派(緒方竹虎含む)、自由党鳩山派(三木武吉、河野一郎、大野伴睦、石橋湛山ら)、改進党(重光葵、松村謙三ら)。自由党鳩山派と改進党は54年に一旦日本民主党(岸信介含む)となり、保守合同へ至る。この辺の経緯は複雑なので、最勉強の必要も。
    ・吉田と鳩山の対立軸は、吉田が軽武装・対米協調なのに対し、鳩山は再軍備・対米自主。岸と石橋は鳩山シンパだが、吉田と鳩山が去ると、岸が再軍備・対米協調、石橋が軽武装・対米自主となり、対立軸を打ち出した。

  • 庶民感覚

    麻生総理が、「庶民感覚」とはかけ離れたホテルなどのクラブで夜な夜な会合を繰り広げているとパッシングを受けているが、そりゃルサンチマンでしかない。

    このご時世なのに、という気分も分からなくもないが、かといってジョッキ一杯450円の居酒屋で会合してます、なんてのも、それはそれで充分パフォーマンス臭プンプンだろう。
    そりゃ、セレブ中のセレブたる総理総裁としての付き合いもあるだろうし、そういう付き合いを否定してしまっては、廻るものも廻らない局面だってある。セレブ的振る舞いを断つことを仕事に繰り入れるべきとの考えもあろうが、その程度のことに気を遣うよりは、より具体的な政策に気を遣って欲しいもんだ。実際遣ってるからクラブ飲みなんだろうけど。そもそも政治家にそんな下卑たパフォーマンスを期待するべきじゃない。

    飲む場の「質」はともかくとして、「量」が多すぎる、との声もある。いいじゃないか。そういう「グレート・コミュニケーター」なのかもしれないし。余計なお世話だ。

    とにかく、その程度のルサンチマンを振りまくマスコミのあり方が疑問だし、そのマスコミに「これは振りまく価値がある」と思わせてしまっている我々有権者のレベルも低い。政治家と、官僚とか財界とか利権組織とかの癒着は散々言われてきたけれど、マスコミと有権者の癒着ほど意識されていない、或いは意識したくないものはないのだ。政治に対するマスコミの役割を否定するわけでは全く無いが、マスコミだって充分商売なんだってことを、僕らはしっかりと認識する必要がある。

    あなたが営業マンなんだったら良く分かるでしょ。話法だとかツールだとか、言ってみれば顧客に思考させないための要素だ。あなたが、その研鑽に余念がないこと、そういった営業努力によって顧客の思考能力を奪うことに、僕は何の疑念も抱かない。逆にそれに躊躇するような営業マンは、この商売至上/自由経済主義の世において、不正義でさえある。
    で、マスコミの顧客は有権者だ。そこまではいいけど、その結果として、マスコミの顧客たる有権者がバカになってしまうことは、民主主義という数の暴力に支配されている僕にとって、それは非常に迷惑だ。僕やあなたがその辺のガキンチョや若者や主婦やおばちゃんや後期高齢者の思考力を鈍らせて幾らか会社に貢献したとしても、その他大勢には殆ど影響が無い。だが、民主主義が敷衍する我が国の政治は別だ。マスコミによってバカに仕立て上げられた有権者の量だけ、日本は傷を負う。

    顧客が有権者である、ということに関しては、政治家だってそうであることに変わりはない。

    表現として、敢えて過激に書いてしまった。僕も広義の営業マンで、そういった業を背負っている。もちろん日常においては顧客の幸せにいかに僕等が貢献できるかを考えているが、上のような書き方も出来るという事実を厭ってはならないと思うから、そう書いた。青臭いと言えばそうだろう。だけど、ここでは商売至上主義の功罪が問題だ。マスコミは、その性格上、国有であってはならないし、つまりは民として商売の原理をどこまでも引き受けるしかないし、かといって、公としての在り方をあきらめてはならない。もっとも、国は公だが、公の全てが国であるはずは無い。その辺のバランスを取らせるのは、つとに我々の務めだし、そのために我々は、バカであってはならないのである。

    「庶民感覚」という居心地のよい場所に安住することが危険なのだ。例えば旧社会党の失敗の原因はそれだ。彼らは「庶民感覚」に加えて「革新」を標榜していたが、「庶民感覚」とは元来「守旧」的なるものであって、「革新」とは、まず己の日常の姿が変わってしまうことを引き受ける態度をこそ、基盤とせねばなるまい。「庶民感覚」と「革新」は、共存し難いはずなのだ。
    いまは、どう「革新」するかが問われている時代だけど、だからこそ、マスコミによる商売至上主義の産物である「庶民感覚」の引力から離れて、いかに自らを投企するか、そこが僕等に問われている。

  • 久米宏の新番組と、相変わらず必死な僕

    「久米宏のテレビってヤツは!?
    」の初回を観た。
    これがなかなかツボだった。番組の雰囲気、キャスティング、内容、どれを取っても文句は無い。久米はブランクを雌伏としたか、例の強引な司会っぷりが益々心地よい。八木亜希子は絶妙な人選である。彼女ならではの親和力が、久米の無理をやわらげている。ここ暫くは八木亜希子といえばクリスマスだったが、この番組によってそのイメージが軽減されることを切に願う。願う義理も無いが。

    番組内で、上杉隆が、麻生のハラは政権維持だから(勝てる見込みのない)年内の衆院解散はない、と言ってた。全くその通りで、僕は今月のアタマからそう読んでる。くどいけど、ウソじゃない。実は、てっきりそのことをこのブログで書いてたと思い込んでいたが、見返してみたところ、明言はしていなかった。大いに悔やまれる。今月1日に、酒の席で僕の上司にその話をしたので、ウソだと思うならその上司に聞いてくれ。…あぁ、僕は必死だ。今後はナルハヤで僕の政局予測を書くことにする。
    上杉氏は、「喋ると当たらないんですが…」みたいに言ってもいたけれど、これも全くその通り
    だ。

  • C言語事始

    今さらながら、いわゆるC言語なるものに挑戦し始めた。
    僕はDelphiユーザー、いわゆるデルフィアン、さらにいえばDel厨なのだが、例えばアルゴリズムの解説本なんかの類はCで書かれていることが多いし、何より業界の常識ともいえる言語だから知らないのも難だということで、渋々始めてみた次第である。もっとも、現在はWebアプリケーションの需要の方が多いだろうから、実際に今でもCが業界の常識、プロのプログラマがマスターしておかねばならない言語として君臨しているかどうかは、プロじゃない僕は知らない。

    参考書の最初のほうを読んでみての感想だが、トークン名において大文字と小文字を区別するのはちょっと苦労しそうだ。単純に、覚えるべきトークン名の可能性が倍になる。僕の好みでいうと、コンパイラは区別をしない、不整合があったらIDEが定義に従って勝手に修正してくれる、といのが理想である。

  • 自民党の本音と、僕の必死

    衆院解散するのかしないのか。

    前にも書いたけど、10月解散の可能性は結構早い段階で潰えたと思っている。プライドの高い麻生は、第二の宮澤喜一、政権を明け渡した総裁となることに我慢がならないはずで(プライド云々抜きにしても政権維持が至上命題だ)、そうなる可能性が充分に低まったと認識できない限り、解散に持ち込むことはないだろう。下手をすると衆院の任期切れまで解散しないことだってあり得る。
    (…と書いていたら、「NEWS23」で年内の解散総選挙は無いとの報道。リアルタイムです。ウソじゃないよ。テキストエディタで書いてるので、速攻アメーバ開いてタイムスタンプ有効にした。もちろんタイムスタンプはいじっていない。ここまで必死な自分が素敵だ)
    …さて、最近の解散しそうでしない諸々の現象は、言ってみれば陽動である。麻生の選対事務所が地元に出来たらしいが、リッチな麻生だからこその作戦だ。暫くは随分ヒマな事務所となるだろう。一足先に事務所を開いた細田幹事長には、「オレからやると怪しまれるから、オマエ先にやれ」みたいに言ったかもしれない。割と迷惑な話だ。

    小沢はその辺良く分かっているから、ちょっと焦ってる。新テロ特措法のスルーなど、福田の時のやり方が通用しないと知ったからこそだろう。民主党の誰だったかが、「麻生じゃやり辛いんで福田を延命させたかったんだけど」みたいな発言をしたところ、小沢はそれを一喝したそうだが、一番それを痛感してるのは小沢本人だったりする。福田を追い詰めたのは小沢民主党だが、「ちょっとやり過ぎちゃったかぁ」みたいな。

    これまたリアルタイムに「LIVE2008ニュースJAPAN」での報道だが(ウソじゃない)、「NEWS23」でも報道されていたこちら
    のようなことがあって、笹川尭が、要は、政局に影響するからそんなこと言うもんじゃない、という苦言を呈したというのだが、いやいや、自民党の本音が良く出てる。

    (いちいち言い訳するのも難だが、この駄文をアップしたタイミングは「明日」、即ち22日になってしまっていて、日をまたいだからなのか再ログインを求められてしまった。なので、結果としてタイムスタンプをいじってしまったことをお断りしておく。タイムスタンプいじりついでに何で僕がここまで必死かというと、いずれ詳しく書きたいのだが、とにかく、ここ2年ほどの勉強の成果として、今回の政局を出来るだけ正確に予測してみたいからだ。そのために開設したといえば確かに過言だが、勉強の成果の発表の場としての役割をこのブログに仮託していることには違いない。いわば、アマチュア政局ウォッチャーとしての僕のデビュー戦である。暖かく見守っていただければ幸いである)

  • タモリ、たけしの新番組

    タモリは「エチカの鏡~ココロにキクTV~」、ビートたけしは「情報7days ニュースキャスター」なる番組で、それぞれ新番組を抱えることになった。

    まずは、誠に僭越ながら寸評を。

    タモリの「エチカの鏡~ココロにキクTV~
    」(←ご存じない方は是非ご一読を)。
    昨日が初回だったが、仕事で間に合わなくて途中から視聴。
    収録後に会見かなんかをやったらしくて、その様子
    (←こちらも是非)を読んだ。本番の結果がお飾り的ポジション過ぎたものだから、この会見らしき場でウサを晴らしたものかとも思ったが、実際観てみると、なんのなんの、随所での喋りが、酷くカットされているわけではないし、実際愉しんでよく喋っている印象だ。
    VTRはひたすらベタな感動を追求するのだが、そのBGMがこれまたベタで、エルトン・ジョンの「Your Song」だったりしたものだから、あんまりベタベタだよなーと思っていた矢先、「これ(BGM)、名曲使いすぎでしょ、そっちに意識が行っちゃう」などと、まさにタモリなコメントが発せられたものだから、勝手にウケてしまった。タモリファン冥利に尽きる。
    ま、そんな僕とタモリの関係こそがベタベタなのだ、というご意見もあろうが。
    だから、意外とタモリをベタに楽しめる番組かもしれない、という点で、かなり期待が持てたことは事実だ。
    制作サイドの主眼は、あの甘ったるいVTRの世界じゃなくて(いや、充分泣いてしまったのだが)、そのVTRとタモリ的発想のギャップにこそあるのじゃないかとも思える。だったら、さきの収録後の会見らしき場でのコメントが流通されたことにも合点がいくし、意外とタモリの出番が多かったことにも合点がいく。そこはさすがにフジテレビではないか。
    対比としての例を挙げれば、「奇跡体験!アンビリバボー」。この番組の主眼はまさしくそのVTRの世界で、たけしは、お飾り、アクセント、刺身のツマ、酒のアテに過ぎない。ま、これもフジだけれど。

    次、たけしの「情報7days ニュースキャスター
    」。
    安住紳一郎とのカラミは発展途上だけど、是非とも期待したい(が、たけしの番組で短命に終わったものは、実は結構多く、ちょっとそんな臭いもする)。たけしの繰り出すギャグは、僕なんかはさすがと思わざる得ないのだが、残念なことにあの場では上手く受け止められてはいない。渡辺えりは多少なりとも心得ていると映るのだが、いかんせん齋藤孝が微妙なのである。コミュニケーションに関する本を多く出している割にはどうしたものか。
    たけしのテレビにおける笑いには、「オレたちひょうきん族」のスタッフ、「北野ファンクラブ」の高田文夫、色んな番組での明石家さんまと、きちんと反応する具体的な笑い声役がついてまわる。たけしが数語喋ったところで視聴者に分かりやすくポイントを提示することは、たけしのテンポが恐ろしく速いことと、それと表裏一体で、そのテンポこそがたけしの笑いのキモの一つだったことから考えると、無くてはならない役割だ。少なくとも、「たけしの喋り→笑い声」という現象に対するパブロフの犬であることを、僕は自覚せずにはいられない。
    この番組は、その笑い声担当が不在、もしくは不出来である。それならそうと、「ビートたけしのTVタックル」と被るけど、大竹まことあたりが脇を固めていれば、危なっかしさは幾らか軽減されると思う。もっとも、大竹は「ドリーム・プレス社」で安住と被るから、余りに安定人事に過ぎるかもしれないが(そう考えると、大竹のバイプレイヤーぶりは凄い)。
    実はそんな笑い声役がいなくともたけしのギャグは充分面白いのだ、ということは分かっている。

    さて、この二つには共通する構造がある。それは、本筋がマジメであるべき番組に、マジメを見ると茶化さずにはいられない彼らがメインで配された、ということだ。タモリ、たけしにとっては、新たなフィールドへのチャレンジを意味するわけで、どういう展開に持ち込む計算なのか、あるいはそんな計算そもそもないのか、そこを観て行きたい。

    今現在、「SMAP×SMAP08 プレミアムな秋SP!!」を観ている。ゲストは明石家さんまで、とにかく物凄い展開だ。

    お笑いBIG3が現在進行形であることに、驚きと共に幸せを感じる。