おめでとう、ミッキー・ローク!

posted on 2008年9月9日 in 芸能

中学生の頃だったろうか、ミッキー・ロークに憧れていた。
『エンゼル・ハート』を観たのがきっかけだ。
優雅だがどこかRockな物腰や、フランス語を喋るかのようなモニョモニョとした発話(フランス人の血が流れてるらしい)とニヒルな笑みを湛える口元、ベッドシーンでの絡みの上手さなどに(もっともそれがホントに上手いのかどうか分からなかったけど)、「モテる男のイデア」とでも言うべきものを感じていた。

彼が出演していた、サントリーのウィスキー、『リザーブ』のコマーシャル。
僕の地元では、『FNNスーパータイム』の合間に、それは流れていた。
毎日それを観るのが楽しみで、観るたびに「モテ男のイデア」を確認していた。
そんな中学生だった。

「猫パンチ」は、大学時代に友人のアパートで観た。
別にそれで冷めたわけではないけれど、『フランチェスコ』あたりから名前を聞かなくなっていたせいか、既に興味が薄れていたこともあって、大した感慨も無かった。
ただ、彼が提示してくれた「モテ男のイデア」は、ずっと胸に刻み続けていた。

言うほどモテなかったけど。

なんかのテレビで、ガッツ石松だったかが、彼の豪邸を訪れるのを観たのを覚えている。
相変わらず、モニョモニョ喋っていた。

ずーっと時は流れ、
『プレッジ』で彼を見かけた。思わぬところで昔の憧れの人に出会った感覚だったが、目許の雰囲気がかなり違って、違和感を覚えたことも確かだ。

ネットで色々調べてみると、整形に失敗したんだとか。
整形する必要などない、完璧なルックスを誇っていたはずなのに。
もしや、『エンゼル・ハート』当時の貌も、整形によるものだったのだろうかとも疑ったが、だとすると、最初期の『ダイナー』や『ランブル・フィッシュ』の頃も整形顔だったことになるから、それはないだろう。

『レジェンド・オブ・メキシコ/デスペラード』、『シン・シティ』、『ドミノ』など、話題の映画で活躍していると知る。
かつてのようなセクシー男優としてではなくて、演技が高く評価されているのだとか。
『シン・シティ』においては、主役格のブルース・ウィリスを喰ってるとも。これは素直に嬉しかった。
気色悪くて恐縮だが、元カレが自分と別れた後に一発奮起して大成したのを耳にしたオンナの気分である。

思えば、売れてた80年代当時、セックス・シンボルとしての役割に埋没してしまってか、演技そのものに注目されたことなど無かったに等しい。
人脈的にも、マイケル・チミノ、クリストファー・ウォーケン、フェイ・ダナウェイと、なんとなくハリウッドの裏街道を往く人たちと仲が良かったらしくて、メイン・ストリームからは距離を置く、言ってしまえばキワモノ的な存在として扱われていた記憶がある。
また、ボクシングに対する自己実現の仕方に現れるような、やや肥大化した顕示欲のようなものがあって、それがハリウッドのマネージメント・サイドから相手にされなくなった大きなの理由の一つであったことは確かだろう。

なんとなく、Rockじゃないか。

今回のヴェネチアに於ける復活劇は、本当に興奮した。
ニュースを読み接ぐにつれ、鳥肌が立っていくのを感じていた。
そりゃ、日本勢が賞取れなかったのは残念だったが、
だけど、
まずは、ミッキー・ロークの「演技」そのものに対して最大限の賞賛が贈られたこと、
そして、
可愛い共演者をビッチ呼ばわりしたり、
レッドカーペットでペット連れて葉巻くわえてやりたい放題やったり、
配慮を欠くコメントをしてヴィム・ヴェンダースにたしなめられたりと、
よりエスカレートしたRock具合を見せつけてくれたこと、
そのあたりに、
今までホント言うと僕自身があまり信じてなかった、
「ミッキー・ロークの底力」を、
熱く感じたのだ。

最後に整形失敗疑惑に関して一言。
彼の整形は、ボクシングで崩壊したルックスを正常に近づけるためのものだったはずで、己の美形をさらにどうこうしようという安易なナルシズムのためではない。
そのことを信じるべきかどうかは、この『The Wrestler』という作品が語ってくれるはずだ。

ついでにもう一つだけ。
ミッキー・ロークのナルシズムは、モニョモニョ口調の安っぽい色男像とは裏腹に、破滅スレスレの危ういバランスの上に成り立つ、実にピュアな自己顕示欲に依拠するものだ。
例えば、己のあの変わり果てた相貌をどうして受け入れることが出来たのか、そのことに思いを馳せてみる。

彼は、破滅に耐えて見せたのだ。

追記:
そういえば、それこそ中学生当時だったと思うが、なんかの雑誌で、俳優は女々しい職業だと彼が考えているとあるのを見た。その時は「偉そうなこというなぁ」とか「どうせパフォーマンスだろ」ぐらいに思った程度だったが。
また、贅沢なことに、自分の昔の顔を、女々しいという理由でコンプレックスに感じていたとの情報もある。
それらから考え併せると、ボクシングで顔を変形させたというのも、自分の中の色んな意味での女々しい要素を消し去りたいという衝動の結果ではないか。

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