橋下府知事のカタルシス

posted on 2008年10月28日 in 時事

橋下徹の、教育問題での討論会の様子 をニュース番組で観た。

多分橋下府知事は、本当は教育問題そのものより日教組潰しの方にご執心だ。今どきの愛国者は日教組を徹底的にやり込めることにカタルシスを覚えるらしい。それをやればやるほど、彼らの内ではステータスにすらなる風だ。日教組に問題がないわけじゃないんだろうなぁ、ぐらいがせいぜいの僕の認識なのだけど、ああいったやり口は、子供染みた「今どきの愛国者」による「いじめ」にしか映らない。日教組こそがそもそも子供染みてると仮定して、だからこその対応だとしても、繰り返すけど、「今どきの愛国者」が中山成彬のような手段 を肯定する以上、何らマトモな思想に裏打ちされたやり口とは思えない。少なくとも、これは教育問題であるだけに、子供染みたサマを子供に曝けるのは控えるべきだ。

控えた方が勝てる。そのことに思い至れないのであれば、保守思想が本来包含する、プラグマティズムや、プラグマティックだからこその漸進主義にもとる。実はヒトラーは国家社会主義という名の左翼だったから失敗したのだ、だから左翼はいかん、と彼らは言う。だから日本の戦前の国家主義者には手を付け辛いのかもしれないのだろう。だけど、彼らのアジテーションを見るに付け聴くに付け、全く持って同じ穴のムジナである。右に伸びた触手と左に伸びた触手があるとして、それらは円を描いて手を結ぶ。「急進的右翼」と「急進的左翼」に関して、今で言えば、例えば中東や中南米のそれを思い浮かべて貰いたい。

ここで言いたいのは、まずは手法の問題である。たかが手法だが、その手法が中山のようなものだとするなら、一体どの程度の愛国なのよと思わざる得ない。橋下だってそうだ。あんなアジりは自分の子供に見せられない。「今どきの愛国者」の自己満足に過ぎないからだ。僕自身は、平和をベタに愛し、中韓に腰は低く、朝日新聞をよく読み、両親は全共闘世代、つまりは彼らの言う「サヨク」なのだが、そんな僕でも、「僕は保守主義者です」と宣言するべきじゃないかと思っている。「今どきの愛国者」に、何を保守させられようか。

いきなり芸能話で恐縮だが、橋下とビジネス上の繋がりのある爆笑問題の太田光がどう思ってるのか、ちょっと気になる。次回か次々回あたりの「太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。」でその辺取り上げるかどうか。

Facebook にシェア
[`google_buzz` not found]
[`yahoo` not found]
[`tweetmeme` not found]

コメントはまだありません »

RSS feed for comments on this post. TrackBack URI

Leave a comment